化学が持続することを学んだとき

生命の起源は、しばしば映画のワンシーンのように語られる。稲妻が走り、英雄的な分子が現れ、壮大な始まりが訪れる――だが、自然界の始まりは決して華やかに到来しない。むしろ、それは習慣の転換として静かに訪れる。宇宙がふるまい方を変え、私たちがやがてその変化に気付くのだ。

本質的な転換点は、分子の洗練さや宇宙的な演出ではなかった。もっと静かなもの――止まることを拒む化学反応だった。通常はすぐに平衡状態へと消えていく反応が、自らを持続させるパターンへと偶然踏み込んだ。反応のループが自分自身を強化し続けられるようになったとき、物質は目に見えない閾値を越えた。ただ反応するだけの存在から、持続する存在へと変わったのだ。

これが、ロマンチックではないが極めて重要な真実だ。生命は、化学が「面白さを保つ方法」を学んだときに始まった。

静かな自己強化の革命

ほとんどの化学反応は一度きりだ。燃え上がり、やがて統計的な匿名性の中に消えていく。しかし、ごく一部の反応は“自分の生成物が自分自身の進行を加速させる”というトリックを持つ。自己触媒作用――まるで群衆が自分たちの拍手でリズムを生み出すようなものだ。

これに現代的な細胞や巧妙な遺伝子装置は必要ない。ただ、自分自身を増やす、あるいは他の分子の増加を助ける分子のセットがあればよい。ループが閉じれば、もはや外部からの火花は不要となり、自らが火花となる。

この議論はしばしば誤解される。自己触媒は生命を“説明”するものではない。しかし、なぜ生命が可能になったのかを説明する。持続性こそが前提条件だ。たとえ不器用でも自らを維持できる化学は、やがて生物進化が洗練へと導く数々の偶然を“試す余地”を持つことができる。

フィードバックこそ、宇宙が“野心”を見せ始める場なのだ。

混沌、依存によって組織される

初期の地球は、惑星というよりも乱雑な実験場だった。火山噴出口が鉱物を熱い海に送り込み、稲妻がメタンの空に走り、宇宙からの衝突物がスパイスのように降り注いだ。大半の反応はすぐに消えた。しかし、ごく一部が自分自身を増幅できることに気付いた。

これは決して感傷的な意味での“協力”ではなかった。必要性が組織のふりをしていただけだ。互いを安定化させる分子は生き残り、そうでないものは消えた。遺伝子もないダーウィン的な選択、遺伝より前の選択だった。

振り返れば、生命がこのように始まるのは当然の帰結だ。化学そのものではなく“構造”――自己強化的なループに注目すれば、むしろあまりにも単純に思えるほどだ。宇宙のあらゆる安定構造はフィードバックに頼っている。銀河も、星も、原子も。生命はこのトリックを、構造が“改良”できる領域にまで拡張しただけだ。

生命は、フィードバックが静的なものから“生産的”なものへと変わったときに始まった。

エラー――意外なる英雄

起源神話の中で、エラー(誤り)は悪役だ。しかし実際には、エラーこそがキャスティングディレクターだった。変異を許容できる自己維持的な化学ループは、ただ持続するだけでなく、探索も始める。ミスが新たな経路を生み出す。ほとんどは役に立たないが、ごく一部がループをより適応的に、よりレジリエントに、そして唯一重要な意味でより“生きている”ものにする――すなわち、止めるのがより難しくなるのだ。

最初のイノベーションは、複製ではなく“頑健さ”だった。逸脱しても続けられる能力。進化はDNAに帰せられがちだが、より深い真実は、DNAは進化の“結果”だということだ。生産的なエラーのプロセスは、遺伝子が現れる遥か以前から始まっていた。遺伝子はそれを“記憶”というシステムに形式化したに過ぎない。

もし生命が最初から完璧だったなら、決して変化しなかっただろう。宇宙の多様性は、初期化学の“いい加減さ”にこそ負っている。

境界――「内側」の発明

自己維持的なループは、やがて一つの課題に直面する。外部のすべてが自分の勢いを妨害してくるのだ。絶縁が必要になった。脂質分子は偶然にも解決策を提供した――水の中で自然に膜を作る性質があったからだ。こうした膜の中にループが“閉じ込められる”と、材料を長く保持できるようになる。反応はより速く、邪魔も少なく進行し、持続性が増した。

囲い込みは、個性の宣言ではなく、パフォーマンス向上の戦略だった。しかし、化学が“ここから内側”と“外側”を区切れるようになると、画期的なことが起きた。物質の出入りを管理し始めたのだ。鉱物は取り込み、不要物は排出。役立つ分子は保持し、有害なものは排除。単純に“まとまる”という行為から、コントロールが生まれた。

境界は壁ではなく、“交渉”である。その交渉から、“自己”が生まれた。

持続性――意味の祖先

これら初期のループが「続きたい」と“望んだ”というのは、厳密には比喩にすぎない。しかしこの比喩は有用だ。なぜなら、ループの構造自体が持続への“バイアス”を生むからだ。持続性を高めるものが選択される。何十億年もの間、そのバイアスが蓄積され、生物学となり、代謝となり、行動となり、欲求となる。

私たちが「意味」と呼ぶものは、ループの安定化に対する高度な報酬システムだ。脳内のドーパミンの放出は、最初の自己触媒的インセンティブ――すなわち「パターンを強化することを続けよ」という命令――の直系の子孫である。

この観点では、意味は生命に“上乗せ”されたものではない。それ自体が、内側から体験される生命そのものなのだ。

複雑性――ゆっくりとした共謀

一度、持続するループが生まれ、他のループと結びつき、自己を守るようになると、あとは発展の余地が広がる。必然ではないが、極めてもっともらしい展開だ。ループは結合し、ネットワークは厚みを増し、システムは下層を制御する層を進化させる。遺伝子が現れたのは、フィードバックが“長期的なノート”を必要としたから。細胞が現れたのは、フィードバックが“区画”を必要としたから。多細胞生物が現れたのは、フィードバックが“専門化”を必要としたから。社会が現れたのは、フィードバックが“分業”を発見したから。

複雑に見えるすべては、根本的には“パターンを持続させる戦略”だ。生命は、複雑性の“結果”ではない。生命こそが、止まることを拒むことで複雑性を“生み出す”ものなのだ。

もしこの話が化学の話にしては哲学的すぎると感じるなら、それは化学が一度持続し始めると、もはや単なる化学ではなくなるからだ。環境との交渉となり、“まとまり続ける”ための実験となる。

パラダイムシフト

私たちは伝統的に「生命はどう始まったのか?」と問う。まるで答えが珍しい分子やあり得ない偶然にあるかのように。しかし、本当の問いはもっと根本的だ。「混沌とした環境で持続性を実現する最小条件は何か?」。それは材料ではなく、フィードバックの“構造”に関する問いだ。

この見方は、地球外生命の探し方も変える。地球型の化学を探すよりも、“自らの持続を強化するシステム”を探すべきだ。生命はレシピではない。“ふるまい”なのだ。

化学が持続性を学んだとき、宇宙には新たなプレイヤーが現れた――記憶し、適応し、やがて自らの起源を問い始める物質である。

奇妙な勝利

結局、生命は奇跡でも偶然でもない。フィードバックループが十分に長く安定化し、自らの可能性を探ることができる世界なら、必然的に生じる現象だ。生物も、生態系も、文明も、すべてはこの古くからのトリック――反応を習慣に、習慣を“自己”へと変える――のバロック的な拡張にすぎない。

私たちは、化学が初めて“消えることを拒んだ”その意志の継承者だ。

水たまりは、ただ反応しただけではなかった。持続したのだ。そして一度発明された持続性が、世界を書き換えた。

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